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福岡地方裁判所 平成5年(ワ)2152号 判決 1997年6月11日

原告

株式会社福岡銀行

右代表者代表取締役

右訴訟代理人弁護士

立石六男

被告

Y1

Y2

Y3

Y4

被告ら訴訟代理人弁護士

中田康一

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告Y1(以下「被告Y1」という。)は、原告に対し、二〇九五万二一四一円並びに内金八四七万五〇〇〇円に対する平成四年一一月一七日から、内金二〇〇万円に対する同年一二月一日から、内金一二五万円に対する平成五年一月一日から、内金一五〇万円に対する同年二月二日から、内金七五万円に対する同年三月二日から及び内金六六七万八三一〇円に対する同年六月二三日からそれぞれ支払ずみまでいずれも年一四パーセントの割合による金員を支払え。

2  被告Y2、同Y3及び同Y4は、原告に対し、各自金六九八万四〇三九円並びに内金二八二万五〇〇〇円に対する平成四年一一月一七日から、内金六六万六六六四円に対する同年一二月一日から、内金四一万六六六五円に対する平成五年一月一日から、内金四九万九九九八円に対する同年二月二日から、内金二四万九九九九円に対する同年三月二日から及び内金二二二万六一〇三円に対する同年六月二三日からそれぞれ支払ずみまでいずれも年一四パーセントの割合による金員を支払え。

3  訴訟費用は被告らの負担とする。

4  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  本案前の答弁

(一) 本件訴えを却下する。

(二) 訴訟費用は原告の負担とする。

2  本案の答弁

主文同旨

第二当事者の主張

一  請求原因

1(基本契約の締結)

(一)  原告は、有限会社広川ソーイング(以下「訴外会社」という。)との間で、昭和六二年九月二一日、手形割引、証書貸付その他一切の取引に関して生じた訴外会社の原告に対する債務の履行につき、銀行取引契約を締結し、訴外会社が債務の履行を遅滞したときは原告の請求により、訴外会社が支払停止になったときは当然に、期限の利益を喪失する、訴外会社が手形の割引を受け、手形の主債務者が期日に支払をしなかったときは、訴外会社は当然に手形面記載の金額の買戻債務を負う、遅延損害金は、年一四パーセントの割合とする旨約した(以下「基本契約」という。)。

(二)  亡B(以下「B」という。)は、原告との間で、右同日、訴外会社が原告に対し右銀行取引に基づき負担する一切の債務について、連帯保証する旨約した。

2(第一保証貸付)

(一)  原告は、訴外会社に対し、平成二年一月一七日、利率年七分、平成二年二月から毎月一五日限り一八〇回にわたり元利金均等弁済、右利率は短期プライムレートの変更に伴って変更するとの約定で、一五〇〇万円を貸し渡した(以下「第一保証貸付」という。)。

(二)  Bは、原告との間で、右同日、右貸金債務につき連帯保証契約を締結した。

(三)  右貸金債務の利率は、平成四年四月一六日以降は年七・五パーセントに、同年一〇月一六日から平成五年六月二二日は年六・五パーセントになった。

(四)  訴外会社は、原告に対し、右貸金について平成四年一一月分の支払を怠り、原告は、訴外会社に対し、平成五年六月二二日、期限の利益喪失の意思表示をした。その結果、右貸付残元金は一三三三五万六六二一円、未払利息金は五九万四六四四円となった。

3(第二保証貸付)

(一)  原告は、訴外会社に対し、平成四年三月三一日、利率は年七・五パーセント、元金は平成四年四月から毎月一五日に一五万円ずつ均等分割返済し、利息は同年三月から前払との約定で一八〇〇万円を貸し渡した(以下「第二保証貸付」という。)。

(二)  Bは、原告との間で、右同日、右貸金債務につき連帯保証契約を締結した。

(三)  訴外会社は、原告に対し、平成四年一一月一〇日、支払不能を表明して同日及び同月一六日支払分の手形を不渡にしたので、右一六日に期限の利益を喪失し、右貸付の残元金は金一六九五万円、残利息金は三〇一八円となった。

4(極度保証契約)

(一)  原告は、Bとの間で、平成三年一〇月二四日、訴外会社が手形割引取引によって原告に対して負担する一切の債務について、保証債務の元本極度額を六〇〇万円として連帯保証する旨の取引別極度保証契約(以下「極度保証契約」という。)を締結した。

(二)  原告は、訴外会社に対し、別紙手形目録≪省略≫記載の約束手形一ないし一二(額面金額合計金一一〇〇万円)をそれぞれ割引し、各割引日に各約束手形の裏書譲渡を受けた。

(三)  原告は、右各手形を各満期に支払場所に呈示したが、支払を拒絶された。

5(相続関係)

Bは、平成五年一〇月三日に死亡し、妻である被告Y1並びに子である同Y2、同Y3及び同Y4が法定相続分に従って相続した。

6(結論)

よって、原告は、被告Y1に対し、右各保証契約に基づき、右貸金及び手形割引金残額合計二〇九五万二一四一円並びに内金八四七万五〇〇〇円に対する平成四年一一月一七日から、内金二〇〇万円に対する同年一二月一日から、内金一二五万円に対する平成五年一月一日から、内金一五〇万円に対する同年二月二日から、内金七五万円に対する同年三月二日から、内金六六七万八三一〇円に対する同年六月二三日から各支払ずみまでいずれも年一四パーセントの割合による約定遅延損害金の支払を被告Y2、同Y3及び同Y4に対し、右各保証契約に基づき、右貸金及び手形割引金残額合計六九八万四〇三九円並びに内金二八二万五〇〇〇円に対する平成四年一一月一七日から、内金六六万六六六四円に対する同年一二月一日から、内金四一万六六六五円に対する平成五年一月一日から、内金四九万九九九八円に対する同年二月二日から、内金二四万九九九九円に対する同年三月二日から及び内金二二二万六一〇三円に対する同年六月一三日から各支払ずみまでいずれも年一四パーセントの割合による約定遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

請求原因1(二)、同2(二)、同3(二)及び同4(一)の各事実はいずれも否認し、同5の事実は認め、その余の請求原因事実はいずれも不知。

三  抗弁

Bは、昭和五八年ころから、アルツハイマー型老人性痴呆症に罹患し、当時から健忘症等の症状が顕著で、被告Y1の介護を受けないでは、日常動作ができない状態となった。そこで、被告Y1は、平成五年六月二四日、禁治産宣告の申立てをし、同年一〇月二六日、禁治産宣告を受けた。

したがって、本件各保証契約が締結されたころ、Bは知能障害が顕著であり、意思能力を欠く状態であった。

四  抗弁に対する認否

抗弁事実中、禁治産宣告の事実は認め、その余の事実はいずれも否認する。

第三証拠

本件訴訟記録中の証書目録及び証人等目録の記載を引用する。

理由

一  記録によれば、本件では、当初、Bを被告とする訴状が提出され、平成五年七月二四日、B自身を受送達者としての送達がなされた。その後、被告Y1は、同年九月一日、Bは、意思無能力であり、禁治産宣告申立中であるから、訴状送達は無効である旨の上申書を、平成六年六月一七日、Bは、平成五年九月に意思無能力であるとの鑑定を受け、同年一〇月三日に死亡し、さらに、同月二六日、福岡家庭裁判所八女支部は、Bに対して、禁治産宣告をした旨の上申書を提出した。そこで、これを受けて、原告は、右上申書から訴訟係属が生じていないことを前提にして、Bの相続人である被告らを被告とする旨の補正を行い、訴訟手続を進めたものである。

右事実によれば、本件の経過において、被告の表示を死者であるBからその相続人である被告らに訂正することを認めても、それによって被告らの手続的な利益が損なわれると評価する余地は全然なく、一方でBの状況について情報を収集することが困難な原告の立場から考えれば、むしろ、右のような訂正を認める方が公平であり、かつ、訴訟経済にかなうものということができる。したがって、右のような訂正を認めて手続を進めるという措置もまた、認めることができるというべきであり、被告らの本案前の申立ては採用できない。

二  証拠(≪省略≫、証人C、同D)及び弁論の全趣旨によれば、請求原因1(一)、同2(一)、(三)、(四)、同3(一)、(三)、同4(二)、(三)の各事実はいずれも認定可能であり、この点についての反対証拠は存しない。

三  本件の争点であるBの連帯保証契約の成否及びBの意思能力に関連する周辺事情については、証拠(≪省略≫、前記証人C、証人E、被告Y1本人)及び弁論の全趣旨によれば、次の事実を認定することができる。

1  Bは、昭和五八年ころから、物忘れがひどくなったり、状況判断が不正確になっていたが、昭和五九年一一月には、栄典の授賞式において、支離滅裂な挨拶をして、行動の異常が周囲にも発覚するにいたった。

2  昭和六二年四月二〇日、Bの痴呆の程度が進んだため、被告Y1は、Bを久留米大学病院精神科に受診させた。その際、診断した同病院精神科医師Eは、Bには、顕著な健忘、計算力障害を始めとする失行、地理の見当識障害、失禁等の症状を認めたが、自発的ではないまでも、簡単な受答えはでき、言語障害は認めなかった。また、CT検査の結果では、全体的な脳萎縮が認められた。以上から、E医師は、Bをアルツハイマー型老人性痴呆で、その痴呆の程度は中等度又は高度に達しているとの確定診断をした。

3  被告Y1は、約半年間にわたり、Bを伴って、同病院に継続的に受診したが、診療のためにBを伴うことの負担が重かったこと、医師からアルツハイマー型の老人性痴呆は不可逆的な疾患で、良くなることはないと聴かされていたことから、診断を受けるのをやめ、自宅において、単独でBの介護に当たった。その間、Bの症状は進行したので、被告Y1は、平成五年六月二四日、福岡家庭裁判所八女支部に対して、禁治産宣告の申立てをし、同年九月に鑑定人がBを診断した結果、アルツハイマー型老人性痴呆で、その程度は重症で末期に近づいており、知的機能はほとんど全て失われているとの鑑定がなされた。

4  一般に、アルツハイマー型の老人性痴呆は、全体としての知能障害であり、この知能障害自体は不可逆的で、改善することはない、したがって、診療においても、知能障害に随伴する症状を抑えることによって、介護者の負担を軽くする程度のことしか現在ではできない。そして、中等度以上のアルツハイマー型の老人性痴呆患者にとっては、過去、現在、未来は連続しておらず、その刹那における反応は存しても、それが未来とつながっていない。したがって、連帯保証人になることに同意をするという反応はあっても、それが将来において、どういう社会的、法律的意味を持つかについての判断はできないということができる。

四  以上の認定事実を前提として、基本契約に対するBの連帯保証契約の成否(請求原因1(二))を検討する。

右連帯保証契約を直接的に証明する証拠は≪証拠省略≫であり、同号証の連帯保証人欄には、B名義の署名がなされ、≪証拠省略≫によってBの実印と認められる印章が押捺されている。そして、証拠(前記証人C、同D、被告Y1)によれば、右の署名は、昭和六二年九月の段階で、かねてから訴外会社と原告との銀行取引について連帯保証人であったBが、訴外会社の代表者がCに変更になったことに伴い、改めて連帯保証人としての書類を差し入れるものであるとの説明を受け、自身で署名したものであるという事実を認定することができる(この認定に反する前記証人C及び被告Y1の各供述はいずれも採用できない。)。してみれば、少なくとも、Bについて、右連帯保証契約を締結する法律行為の外形は存したということができる。しかしながら、前記認定事実のとおり、Bは、同年四月の段階で、不可逆的に進行するアルツハイマー型の中等度以上の老人性痴呆症の確定診断を受けており、一般的なその症状の患者を前提とすれば、連帯保証人になることの社会的、法律的意味を理解する能力を欠いていた状態にあったと評価しない訳にはいかない。してみると、そもそも、同年九月の段階で、Bが、連帯保証人になるという法律行為をしたと評価すること自体にも疑問があるし、仮に法律行為があったと評価できるとしても、意思無能力であったとの被告らの抗弁を採用すべきであることになる。したがって、いずれにしても、右連帯保証契約は不成立ないし無効であるといわなければならない。

五  次に、第一証書貸付の連帯保証契約(請求原因2(二))、第二証書貸付の連帯保証契約(同3(二))及び極度保証契約(同4(一))の各契約の成否を検討する。

第一証書貸付の連帯保証契約については、これを直接証明する証拠としては、≪証拠省略≫の平成二年一月一七日付けの金銭消費貸借契約証書の連帯保証人欄に、B名義の署名がなされ、前記の実印が押捺されており、≪証拠省略≫の保証照会書において、保証意思がある旨の文書にB名義の署名と実印の押捺がある。また、第二証書貸付の連帯保証契約については、直接証拠として、≪証拠省略≫の平成四年三月三一日付けの金銭消費貸借契約証書の連帯保証人欄に、B名義の署名と実印の押捺があり、≪証拠省略≫の保証照会書において、保証意思がある旨の文書にB名義の署名と実印の押捺がある。さらに、極度保証契約については、≪証拠省略≫の平成三年一〇月二三日付けの信用保証付極度割引約定書及び≪証拠省略≫の同月二四日付けの取引別極度保証約定書の各連帯保証人欄に、いずれもB名義の署名と実印の押捺という直接証拠があり、≪証拠省略≫の保証照会書において、保証意思がある旨の文書にB名義の署名と実印の押捺がある。

以上の書証には、いずれもBの印章と認められる印影が存することから、これがBの意思に基づいて顕出されたものと推定され、真正に成立したとの推定が働くことになる。しかしながら、前記認定事実によれば、Bは、昭和六二年四月の段階で、不可逆的に進行するアルツハイマー型の中等度以上の老人性痴呆症との確定診断を受け、遅くともその時期において、連帯保証人になることについての意思能力を欠いていたと評価できる事実は、前記各書証の作成が真正になされたとの推定を覆し得る事情であると評価できるし、また、証拠(前記証人C、被告Y1)によれば、Bの老人性痴呆症が進行した後の右各証書作成時においては、被告Y1がBの実印を保管しており、被告Y1の血縁の甥であるCに依頼されて同被告自身が前記Bの各署名を行ったとの事実が認定できるから、この事実は、前記各書証のB作成部分の真正についての推定を十分に覆す事情であるといわなければならない。してみれば、前記各書証は、いずれも、Bによる各連帯保証契約の意思表示を認定する証拠とはいえないことになり、結局、原告が主張する請求原因2(二)、同3(二)及び同4(一)を証明する証拠は存しないことになる。したがって、その余の点を判断するまでもなく、原告の各請求には、いずれも理由がないことになる。

六  以上によれば、原告の本件請求は、いずれも理由がないからこれを棄却することとし、主文のとおり判決する。

(裁判官 渡邉弘)

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